りさこ生出演!? の予告です
りさこ、ついに動画に出ちゃうの?
えっと、みなさん、おはゅ
梅雨で大変だね
突然ですが、次回の動画で私、思い切って語ることにしました
でも、私の日本語って例によって特徴ありまくりだから(ヘンなとこでYOSHIKIみたいにふにゃふにゃしてたりかんだりどもったり……)、そんなの公開したら、ご近所の人に見られていじめられること確実なので、ちょっと声をいじった上で、英語にすることにしたの
それならバレないでしょう? おまけになに言ってるかわかんないし(日本語スーパーはつけます、一応……
)
音楽PVなの
次回動画は8年前の曲につけたPVなのね。最後にまたピアノverを入れる予定なので、生時さんたちもお楽しみにね。例によってMariaの筋肉質なお尻が見れるからね、machuさん
でも、いい加減にMariaの映像の在庫が限界にきていて、同じ映像の使いまわしになっちゃってるの
machuさんも日頃のランニングで鍛えている素晴らしいバディで出演して~(キャッ)
公演依頼が来てしまったの
お仕事関係の人に「今度のイベントでピアノ弾いて?」などと言われてしまった私。えっ、そんなのダメですよう? おまけにいつもの中国出身のNさんが「私、笛、すげーうまいから、一緒に合奏しましょう。私、江青(毛沢東の嫁)の前で演奏したことあります」って言い出したのー
うん、でも、私は楽譜とかには従いませんからね、一切? 全員、イチバチで根性で私についてくるならやってもいいからね? 気合入れていくぞ、コラー![]()
……とまあ、私は芸術にはうるさいの。ふつーに楽しく美しくとかは許しませんからね? 私を理解するということは、ジョン・ケージを理解することと同意なんだから。そんなわけで、今日はジョン・ケージの『4分33秒』の動画を貼っておきますけれど、別に見なくてもいいですらね、つまんないから![]()
教授と遊んだの
昨日もいつもの教授に呼ばれて研究室で3時間ほどお話していたの。教授ったら、むかし、海外の学者に「サンスクリットは印欧語ぢゃねぇ。なにもヨーロッパの言語に似てねぇ。ていうか、印欧語ってまとめ方はやめろ
」って言っちゃったらしいの。まあ、そんなこんなで3時間……。
で、帰り際に私、思い出したの。「あの、先生。今日の用事っていったい……」(って、用事も知らずに3時間も話してたのかー
)
すると、先生は言いました。「いやいや、別にないぉ? いろいろおしゃべりしたかったの
」って、ええーっ![]()
そんなこんなで、あやしいことをおしゃべりしている私たちでした
面白い人たちだね、この人たち
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コメント
あたしのオシリですかぁ
ブヨブヨですから

ヤバイですよ
腕と足はかなりの筋肉質ですけど・・・ オシリはなかなかつかないね
今度りさサンも出演するのね

ワクワク
きゃー 楽しみ
どんな方なんでしょう
投稿: machu | 2009年7月 9日 (木) 16時15分
>machuさん

)
こんぱんは
期待させるだけさせといて裏切るのが私なのよ……
でも、私らしき輩が冒頭から何かを語るアフォなPVなので、腹筋を鍛えて待っててね(笑いすぎてよじれるから
そっかー、machuさんのお尻はブヨブヨ……



なわけないでしょ
ハルちゃんたちが買ってくれたお洋服に身を包むmachuさんの写真を見た限り、ぜんぜん若々しかったもの
ちなみに私は次第に太ってきたような気がしてます……
だから、machuさん、助けて
そんなわけで、疑惑のりさこ映像、もうちょっとお待ちくださいね
投稿: りさ | 2009年7月 9日 (木) 20時23分
教授さん、どうもです。
今回の動画、4分33秒で『ん?』と思ったけど…、一応ちょっとだけ再生してみた。
うん、やっぱそうだった(゚ー゚;
ところでついに公演会デビューですか!
一体どんな演奏会になるんだろう…。
『4分33秒』を演奏します!…とかそんなことは言わないでしょうけど、興味はあります。
投稿: 悠久屋こてつ | 2009年7月10日 (金) 01時24分
>悠久屋さん




イベント、どーなるのか、私も知らないの
テカ、あと数日でどーやって準備しろとゆーの
まあ、私は『4分33秒』をやればいいわけだから、全く問題ないんですケド、まあ、まともを求める聴衆を満足させようとすれば、他の人たちだっていろいろ準備しないといけないのだし。
私は芸術面では人のいうことは一切聞かないので(ということは、本質的に他人のための娯楽や商業主義とは一切無縁ということなの。私があえてそれを目的とする場合を除いては)、何をやったって最初から問題自体が存在してないのね。
だから私はいつも「楽譜通りにやりたかったら、他の人を使って」と言ってるのね
人が不快と思うことをやっちゃったりするかもなの、私
けれど、不快さという感情を自明のものとして正当化している人たちには反省してもらわないと困るの。
音楽の鑑賞と同じで、こうした認識にはある前提となる枠組みが存在しているの。音楽の場合はスケールや調性という枠組みの中で一般の人は「あ、自然な曲だ」とか「不自然でおかしい」みたいなことを判別しているのだけど、それって自分の頭で考えたことじゃなくて、一種の刷り込みなのね。だから、明治時代に雅楽を聴いた西洋人が「日本人は和声を知らない」とか馬鹿にしたのね。日本の遣欧施設は「西洋音楽は何を聴いても同じに聴こえる」なんて言ってたの。自分の耳で聴き、自分の頭で理解しようとせず、伝統に依存して慣れで理解しようとしているから、こういう低レベルなことになっちゃうのね。
同じように、道徳や倫理も、それを作った昔の誰かさんの事情や背景も知らずに、そのまま親や社会から通念として受け継いでしまうと、とんでもないことになるの。基本的に氏族や家門が武力によって他者を排斥して、自己集団の繁栄と存続を維持するためにどうあるべきという観念から発達した道徳が、まだ社会秩序の維持に役立つと勘違いされて通用している部分が現在もあるのね。
「自分さえよければいい」という考え方は、「家」という概念がまだ濃厚な田舎では根強いの。
「不快さ」というものが常識ね通念、倫理、道徳に反する異質な言動への嫌悪からくるものだとしたら、まずその倫理の正当性をよく考えないと、何を根拠に対象を拒絶しようとしているのか、それさえもわからないの。
20世紀の芸術は、常にそうした価値観の前提となる倫理の自明性を問いかけてきたのね。
それは、教授(工学部の)が取り組んできた直感を排して論理的な証明形式を完全化する研究と同じなの。
なので私たちは言うの。
「まともという言葉は、私たちの間では誉め言葉ではない」
それは、「まとも」とされるものが恣意的な価値判断に依拠するもので、さらにはある階層の特定の目的のために作られたプロトコルを無批判に受け入れているためでもあるの。社会心理学ではそれを統制行動と呼ぶのだけど、実際、公衆道徳を守ることによって、かえって自分たちを苦しめている体制の延命に加担するケースがあると考えられているのね。ただ、体制を延命させることには、犠牲をともないつつも社会の当面の安定を維持するというメリットもあるので「悪い体制なら倒してしまえ」という方策のもつデメリットとの比較で選択が決まってくるのね。
資本主義はその現代的な代表例ですね
投稿: りさ | 2009年7月10日 (金) 02時56分