こんな絵、あんな絵
ユニセフからお手紙が来ました![]()
えっと、ユニセフのプライベート・ファンドレイジング&パートナーシップのディレクター、フィリップ・オブライエンさんから私宛にお手紙がきました。月々の口座引き落しで子供たちを支援する「ユニセフ・マンスリー・サポート・プログラム」に入ろうよ、っていうお誘いでした。「よし、入ろう」ということで、1000円くらいから始めようかなって思いました。確定申告の時に控除を受けられるかしら? ちなみに、国民年金の保険料問題は解決したので、次は絵を売ったお金の一部を寄付にまわすことにしました
なお、マスミ銀行さんに預金できなくてごめん……![]()
こんな絵もあるの
さて、私は鰐部さんが『椅子の少女』を買ってくれたのと同じサイトさんで、こんなポップな絵も陳列してるのね。あれ、よく見ると吹き出しの中の英単語にスペルミスが……
気づかずにそのまま出品してしまった私ですが、まったく気にしてないからごめんね
ファインマン曰く「スペルミスがなくならないような英単語は、ミスをする人間ではなく、スペリング自体に問題がある
」……そんなこと言ってる人にノーベル物理学賞をあげちゃってよかったのかしら?
画像をクリックすると拡大表示されるので、興味のある方はどうぞ。「なんだぉ、この落書きみたいなの
」って怒られても困りますので、怒らないようにお願いいたします
詳しくはサイトさんで確認してみて下さい。なお、買ってくれた人の身元は私にもわからないようになっているので、安心して大丈夫だからね![]()
鰐部さんちに絵を飾ってもらいました![]()
さて、鰐部さんブログに遊びに行ったら、なんと私の絵がお部屋に住んでました
うわぁ、なつかしい……私のサインが入ってる
額の関係でサインの一部が隠れちゃってるみたいだけれど、本当なら目立ちまくっててウザイほど……
詳しくは鰐部さんブログの「絵を買いました」の記事からどうぞ
鰐部さんがその記事で面白いことを書かれていたので少し引用させていただきますね。
さて、この絵を眺めていると無表情に近い絵の中の少女が自分のその日の気分によって微笑んでいるようにも見え時には悲しそうにもみえるのです。りさこサンがどのようなメッセージと思いを込めて書いたのかはわかりませんが、魂のある絵には見る人の心に共鳴してくれる力があるのかもしれませんね。また、神道の御神体である鏡のような力を備えているのかもしれません。
(『後白河は今日も元気です』2009年2月27日記事より)
もし、ご神体の鏡のように、見る人の心を映し出す絵があるとすれば、あるいは、そのように絵を見つめることができるならば、それこそが私の望む美術であり、また、その受容の仕方だと思うんです。象徴主義の手法では、特定の形式や象徴が受け手の内面に特定の心理を生ぜしめることを目的とするのだけれど、それがあまりに明文化されてしまうと、象徴がその効力を失ってしまうんです。Aを見て、その瞬間にBを連想してしまうような象徴(富士山と日本のような図式)はステレオタイプもいいところで、今ではほとんど単なる記号なんです。おおまかには所記と能記の問題の一部なのだけど、ユング心理学的には元型論と結びつけて理解できるのね。例えば、キリストという象徴が担ってきた心的イメージというのは、2000年間でほぼ賞味期限が切れてしまったんです。みんながイメージを使い古してしまったから。それを違う象徴が肩代わりする時期に来ているのかも知れない。でも、日本人にとっては福音書の記述って新鮮だと思うんです。そこにはまだ魅惑的な象徴が息づいているように私は感じるんです。
芸術がほとんどのイメージを使い尽くしてしまって以降、コンテンポラリーの分野では非常に難解なものが増えてきているけれど、やっぱり先鞭をつけたのはデュシャン。人の心に湧いたイメージを見つめ、それを考えさせること自体を芸術手法にしているのは偉いと思うんです。私も「なんなの、これ?」という絵を描きたいんです。多解性の中に矛盾した実体を映し出したいんです。矛盾こそがもっとも正確な実存の記述様式なのかも知れないのね![]()
何ともあれ、鰐部さんのお部屋に私のサインの入った絵が置いてあるなんて不思議。私が増殖してゆくみたい……。あ、手書きのポストカード、届きましたか? 汚い字でいろいろ書いてあるカードで申し訳ないのですけれど![]()
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